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みんなの頭にはどうして皿がないのかと、幼い悟浄は母に訊ねたことがあった。その母の頭にも皿などなかった。そんなものを持つのは悟浄ひとりきりだった。幼い悟浄にはその理由がさっぱり判らず、目に涙を浮かべて母に問いただした。だが母は同じように涙を流したり悲しんだりはしてくれず、いつもの優しい母のまま明るく微笑んで、いいじゃないの、と笑った。お皿があるからなんだっていうの、そりゃあ少しの不便はあるのかもしれないけど、悟浄はそういうふうに生まれついたんだから、それが悟浄ですよ、それも含めて悟浄なのよ。恥ずかしがることも遠慮することも、嫌いになることもない。そのままの悟浄がここにいることが一番大事で、幸せなことなんですよ。信燕はそう言って微笑み、小さな頭に据えられた皿をそっと撫でた。 悟浄のお皿は綺麗ねえ。こんなに滑らかですべすべしていて、乾いているのにお水に触れているみたいに気持ちがいい。信燕はいつもそう言って悟浄の皿を褒めた。そこに触れられることが悟浄は好きではなかったが、母の手が撫でてくれる時だけはどこか心地よさを感じていた。硬い皿を通して母の温かさが直に伝わってくるような、眠くなるような幸福な感触。何故そこに皿があるのか、その答えはついに得られなかったが、母の手の温もりによって悟浄はそれ以上心を軋ませることなく眠りにつくことができた。きっと母にも判らないのだろう。母にしたところで、頭に皿を持つ子供など産むつもりはなかったのだろうから。悟浄はそう判断し、二度とそのことについて母に訊ねることはしなかった。 もっと強くなりたい。幼い悟浄は今一度そう思った。身体的な強さばかりではなく、心を強く。そこにある現実をまっすぐに受け止められるような、身も心も強いおとなになるのだと、悟浄は決意を固めていた。皿のある子を産んだという現実を、判らないながらも素直に、あるがままに受け入れて明るく生きている母の逞しさに習い、悟浄という現実を受け入れる力を持たない友を、許して生きていける強さを身につけるんだ。かれらが力を持たないのなら、そのぶん自分が力を持てばよい。かれらが変わらないのなら、自分が変わればよい。受け入れるしかない現実なら、そうすることのできる力を手に入れよう。幼い悟浄にそこまでの語彙はまだなく、思いははっきりとした言葉にはならなかったが、悟浄の心にはその決意がその頃から深く刻まれていたのだった。 かあさんがいつも綺麗だと褒めてくれる皿を、自分も同じように綺麗だと感じられる日がくるのかな。それだけはあまり自信がないんだけど……。小さな胸にはそんな思いも時折浮かんだ。絵姿の中の神様と本当に同じ皿なら、まだよかったのに。自分のこの皿はやっぱり、好きにはなれない。頭に付いているというだけでも変なのに、周りのみんなによく見える位置にわざとくっつけたみたいな角度がついているし……こんなもの見せて歩いてもしょうがないのに。もし神様がいるならどうして、自分にだけこんな意地悪をしたんだろう。自分は、なにをしたっていうんだろう……。 美しく豊かな自然に恵まれた水の里には醜い争いも難しい試練もなく、河童は何にも苦しめられることなく楽しく暮らすことを許された幸福な一族だった。悟浄ひとりが、その幸福から取り残されているようだった。どうして、そんなことになったのだろう。どこで間違えたのだろう……なにかの間違いとしか思えない。こんなものは本当はみんな嘘で、いつか目が覚めたら消えてしまう夢で、どこか別の場所でこの夢を見ている者こそが本当の自分であり、その場所こそが本当の世界なのではないだろうか。謎めいた現実は悟浄に時折そんな空想までもをもたらした。そんなことをふと考えついてしまうほどに、異形の子供であるという現実は受け入れがたいものだった。受け入れねばならないものと判ってはいても。こんなことが本当であるはずがない。どこかに、これとは違う真実がある。そんな気がする……。 「悟浄!」 泉の水に身体を沈めながら、幼い頃の物思いにもいつか沈み込んでいた悟浄は、いつの間にか背後に忍び寄ってきていた者の声にいきなり呼びかけられて、驚いて振り返った。そして狼狽した。ついでに汗をかいた全身を清めて帰ろうと、身に付けていたもの全て脱いで水に浸かっていた最中のことであったので――そして、呼び止めた声が年若い異性のものであったので。 「し、小栄! いつからいた?」 |
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